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生活環境での注意点
大切なのは心理面のケア はじめて対面したとき、容貌が他の赤ん坊と違うことで、わが子をすんなり受け入れられる人は少ないと思います。ほとんどの人は激しい動揺と受け入れ拒否を起こし、精神的葛藤を通して少しずつ現状を受け入れられるようになります。しかし、健常児と比べて劣っていると感じたり、親が罪悪感を持ったりするのは良くありません。わが子を健やかに育てるためには、いかにすべきかを考え、深い信頼関係を築いていくことが大切なのです。
乳児期
 母乳は母親として心理的な自信や安堵感をつちかうことにつながりますから、直接あたえられなくても、搾乳して哺乳びんで飲ますとか、できるだけ工夫したいものです。また離乳食も特別なものをつくったり、体重を増やそうと必死で食べさせることもありません。親がゆったりした気分でコニュニケーションを保ちながら、食べることの楽しさや満足感を与えることが大切です。
幼児期
 活動範囲が広がり、活発になってきます。またはじめて集団生活を経験するので、環境の変化や新しい人間関係で、親も子も緊張と不安でいっぱいになることでしょう。まえもって周りの方々に説明して理解を求めておくのも良い方法です。
学童期

 幼い子供は思ったまま、人と違う点を鋭く指摘します。それはあたり前の事です。どうして傷があり、学校を休んで病院にいっているのか?その器具はなに?などの質問は、本人には答えられるものではありませんので、親が先生や他の子供さんにきちんと話すことが大切です。

例えば、
「お母さんのおなかの中で大きくなる時、誰でも初めは唇や上顎が離れていて、ある時期がくるとくっつくんだよ。でもその時に理由はわからないけれど、上手にくっつかなかったの。だから、お医者さんに手術してもらったのよ。○○ちゃんはがんばったんだよ。」

と信頼している先生から事実を話してもらうと、傷跡や発音などの障害について、はやしたてたり、いじめたりすることは起きないと思います。また、その人の努力で変えようのない事柄を取り上げてからかうのは、人間として卑劣な行為であること、人はみな、違っていてあたりまえなのだと、話す機会ももってもらえば、なお良いでしょう。

生活面においても、ハーモニカやリコーダー、風船をふくらませることは得意ではありませんし、言葉も聞き取りにくいことがよくあります。間違った発音などが目立つときは、ゆっくり話すように促し、言い直しは、2回くらいにとどめ、できるだけ劣等感を持たせたり、消極的になったりしないよう、配慮が必要です。また、歯の生え方がおかしかったり、欠歯、不正咬合、矯正装置をつけていたりすることから、給食を食べるのに時間がかかったり、虫歯にならないよう注意も必要です。学校とは十分に話し合い、連携をとりながら子供の成長を見守りましょう。

口唇口蓋形成不全は誰にでも起こり得る事で、特別なことではありません。「取り立てて言う程問題はおこらない。」といわれ、軽度の障害と見過ごされがちです。しかし、人と接する時に最も目立つ部分に障害があることと、過った偏見や因習のため好奇の目でみられたり、差別を受けたりすることなどから考えると、決して軽い障害ではありません。

でも、生まれてきたことは大きな喜びで、不幸な事ではないのです。親がまず子供の現状をありのままにしっかりと受け止め、子育てを楽しんでください。子供は日々成長していきます。巣立ちゆく日まで、愛情一杯つつみこんであげましょう。
もう一つ役立つのが、同じ障害を持つ仲間との交流です。社会的偏見も重なって、この障害は精神的ケアが大切だとお話してきましたが、共通の悩みを分かち合い、気持ちの整理をつけ、治療の選択の幅も広がります。また子供自身も親や医師にも話せない、わかってもらえないことを、本人同士なら話し合い、支え合うことができます。「自分だけじゃないんだ。」と自覚することも精神的解放につながります。

(Reported By 柳川志津子、山口俊子)
青年期
  子供がうまれたとき、この子は将来、就職、結婚できるのかと、不安を抱かれると思います。ここでは、青年期に頻回の手術や心理的葛藤を経て、就職、結婚し、現在二児のお母さんになっている会員さんの手記を掲載し、家族へのメッセージにしたいと思います。
(Reported by 楢崎明美)
会員の手記より 精神的にも経済的にも支えてくれた親から自立していこうとする青年期。私の場合、そのような時期に自分が口唇口蓋形成不全であることを自ら捜した先生に教えられ、はじめて知りました。思いもよらなかった『先天性のものである。』という言葉を聞き、大きな衝撃をうけました。何の障害も悩みをも感じずに成長していたなら、そのことを素直に受け入れることが出来たかもしれない。だが、ずっと言葉の不自由さに苦しみを覚えていた私にとって、これほど理不尽なことはなく、心の中で思いっきり両親を恨みました。
それから、いままでの自分を否定するがごとく、19〜20歳の一年半の間に8回の手術を自分で決めて受けてしまいました。しかし、急いで受けた手術の結果は、痛い思いと、結局は完璧に治すことのできない無駄な抵抗にすぎなかった現実を示され、挫折感だけが残りました。もし、母親自身が罪責感を拭い去り、小さな頃から病気についての正しい知識を私に教えてくれていたなら、他者に振り回されることのない価値観をもって、この病気と仲良くつきあい、少なくとも悔いのない治療をうけることができたのではと思います。 そうした中で出会った言語外来の先生は、多忙の中、個人的に私の悩みをきいてくださり、結婚の時には夫に病気のことを説明してくださいました。また先生の主催する合宿や、大空会の会合に参加し、同じ様な障害を抱える子供達やその家族と接し、交流を重ねていく内に、少しずつ勇気を与えられ、就職、結婚へと歩みはじめることができました。
二児の母となった今、一番くるしかったのは私を生み育ててくれた母であったことが分かるようになりました。決して楽ではなかった私の青年期でしたが、病気を通して多くのことを得ることができ、いまではこの病気に感謝しています。
(Written by 河越由美子)

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